江戸っ子

 「江戸っッ子だってねぇー。寿司食いねえ。」 ご存じ「森の石松」の名セリフ。

でも、このセリフは「江戸っ子」の本当の意味を知らない、“浅学非才”な人の言葉です。 実は、「森の石松」本人が「江戸っ子」のような人なのですから。

 徳川家康が江戸に入府する前の江戸村の人口はわずか86人だったそうです。 家康が江戸城を大改築し、参勤交代制度を定着させ、江戸を世界最大の人口を有する大都会に発展させた事は、中学生の日本史で教わりましたが、 その、歴史の裏の部分は教えてくれませんでした。

 江戸が大都会に発展する過程で、地方から、駆け落ち者や破産者、ならず者、村八分者、犯罪者等の地方で暮らす事が出来なくなった人々が大量に江戸に流れ込んで来たのです。

 これらの人々は、通行手形も持たず、人別送りもされず、身元保証もない、今で言えばホームレス。 橋の下や廃屋やお寺の縁の下で夜露を凌いで生きていました。

 このような人々は、江戸に吹溜まった根なし草として「江戸根尾」と呼ばれ、あちこちで迫害を受けたようです。 この対抗策として「江戸根尾」達は、徒党を組んで、恐喝、押し込み、火付け、強姦を働きました。 この徒党が「江戸者」と呼ばれ、江戸市民を震え上がらせたようです。 

 「江戸者」が江戸の裏社会に定着し、代を重ねて「江戸っ子」と呼ばれるようになりました。

 神田で生まれ、神田川の水で産湯をつかい、3代重ねれば“江戸っ子”なんて誰が言ったのかなぁー。  気風が良くて、“宵越しの金はもたねぇー ”なんて真っ赤な嘘。 いつ役人に捕って首をはねられるか解らないから、早く使っちゃうのが本音。

 「江戸っ子」の意味は、「ならず者」でぇーす。 森の石松もヤクザ者だから「偽江戸っ子」

 これからは、もう決して「俺は江戸っ子だぁー」なんて威張る事はやめてください。お願いします。

 

本町田造成工事終了

先月から取りかかっていた本町田の造成工事が終わりました。

何も問題なく、工程通りに工事が進み後は完了検査を受けるだけになりました。

土地は高台になるので景観は良好です。

2宅地なんですが、各2台ずつの駐車スペースがあるのでお車がお好きな方や家族で複数乗られている方にはおすすめです。

来週から木曽東の6宅地造成工事が始まるので、また工事状況をアップしたいと思います。

朝日工営 大滝

手締め

手締めは不動産業者の“いろは”の“い”です。

 建前や新築祝いで手締めを指名されることが良くあります。 手締めの作法を知らないと、恥をかくことになります。 つい最近も宴会の手締めの音頭取りが“手締めの作法”を全く理解していないため、宴会の最後でバラバラな手締めになり、せっかく盛り上がった気分が台無しになってしまいみじめな終焉となってしまいました。

 手締めに良く使われるのは、三本締め。 結婚式とか入社式などのおめでたい〆に使われます。 一本締めは忘年会やクラス会などすこし砕けた宴席の〆に使われます。

 ここで言う一本とは、手を10回叩く事を指します。 シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャンの シャン これで一本です。 ですから、一本締めなら手を10回叩き、三本締めなら手を30回叩くことになります。

 三本締めで〆るなら 「では、三本で締めさせていただきます。 お手を拝借。 よーお シャシャシャン、~」と一本締めを3回繰り返すことになります。 おめでたい宴席の〆は三本締めですよ。 30回も手を叩くと、手が痛くなるからと言って省略してはだめなのです。

 忘年会やクラス会では一本締めが普通ですが、最近は「一発締め」などと称して、1回だけ手を叩いて〆。なんて言うのも見かけます。  他にも色町で使う「江戸締め」とか職人が好む「関東一本締め」や「リポビタン締め」等の「変わり締め」などがあるようです。

 いずれにしても、手締めの音頭取りを依頼されたら、会場にどんな「手締め」で〆るのかを正確に告げ、手締めが解らない人がいる事を前提に、手の打ち方の解説の後、「手締め」に入るのが失敗しない方法だと思います。

 会場の手が揃うと、宴席の終わりが締まりますよ。   ご参考まで。

                                      “おしゃべり九官鳥”

現代スマホ考

 スマートホーンが一家に5台。 夫、妻、大学生1人、高校生1人、中学生1人(女性)のそれぞれが1台づつ。

 一か月の通信費の合計は5万円を超えている。年間で60万円。 これって、異常だと思うのですが皆さんはいかが思われますか。?

 通信機器の進化には目を見張るものがあり、とても便利になっていることは認めます。でも、今の現状は異常です。 電車の中で、小学生がスマートホーンを使いこなす姿を見ると、将来の日本はどうなってしまうのかとても心配です。

 技術の進歩と技術者の能力を心配しているのではありません。 心配なのは生きていくために必要最低限度の経費を心配しているのです。 電気、ガス、水道の基本料金、家賃、食費、教育費、そして、通信費。 これに一体いくら支払えばいいのでしょうか。?

 当社の管理している1Rマンションに入居しているs社(超有名会社)に勤務している27歳の独身男性Mさんの部屋には、敷布団と掛け布団とノートパソコンが1台あるだけで、あとは何もありません。変わった人だと思い、いろいろ話を聞きましたが、なるほどと思いました。

 「自分には将来やりたい事があるので、今は不必要なお金は使わないのです。」と言い、車は買わず、スマホも持たず、恋人も無し。 お金のかかる事は極力さけているそうです。

 就職してから5年。貯金が1000万円を超えたそうです。 「やりたい事とは何?」と聞いたら、「それは内緒です。」と教えてくれませんでした。 Mさんの生き方が良いか、悪いかは議論の分かれるところだとは思いますが、貯金1000万円は凄いと思います。

 便利さ求め、一家に5台のスマホがどうしても必要なのでしょうか? 私にはどうしても理解ができない昨今なのです。

                                       “おしゃべり九官鳥”

飛騨高山

11月6日から一泊で飛騨高山へ行ってきました。

バスで長時間揺られて腰にかなりのダメージを受けましたが、とてもいいところでしたよ。

今回の旅行は宅建協会町田支部の会員限定の旅行でしたが、旅行先が晩秋の飛騨高山とあって非常に人気だったみたいです。

1日目は高山へ向かう途中の長野県松本市へ。

そこで亀田屋酒造という酒蔵にお邪魔しました。

建物も凄く風情があるもので、中庭が非常に綺麗でした。

もちろんお酒も美味しかったですよ。(笑)

二日目には旅のメインとなる晩秋の白川郷へ。

バスを降りる時までは雨が降っていたので、参加者全員が残念がっていましたが我々がバスを降りた瞬間見事に雨が上がりました。(笑)

そして駐車場から紅葉を眺めていると素晴らしいことが起こりました。

なんと紅葉の中に虹が架かりました!!

参加者の中でもこの現象に遭遇できたのが約5名ほどだったので、本当についていました。

今後二度と出会うことができないような経験ができて幸せな気分になりましたよ。

白川郷と言えば雪のイメージが強いですが、紅葉の中でも素晴らしい景色でした。

皆様も是非機会があれば行かれてはいかがでしょうか。

朝日工営 大滝

歴史の証人

 白虎隊の映画を見ると泣けてきます。

 十代の少年兵が薩摩・長州の“自称”官軍と戦い、飯も食わず、水も飲まず、殆んど戦果も上げず飯盛山で自決をしてしてしまったから。・・・・ ではありませんよ。

 なんと早とちりの“あわてん坊”だったと思うからです。 

 戦いに疲れ、山中を彷徨い、飯も食わず、味方の兵にも会えず。 飯盛山に辿り着き、山頂から鶴ケ城を遠望すると、鶴ケ城が煙に包まれ炎上しているように見え、もう駄目だと自決を選択したのですが、鶴ケ城はまだ落城せず、会津藩はその後2日間も戦い続けたのです。

 飯盛山山頂の少年兵20名は自決や相対死をとげたのですが、なんで、死んでしまったのかそれが残念で悲しいのです。 生き残って幸せな人生を送らせたかったと思うからです。

 「そんなこと武士の世界では無理だよ」なんて言わないでください。

 自決した20人の内の一人が奇跡的に救出され、2日後に蘇生し、その後、家庭を持ち、子宝にも恵まれ、明治を生きたのです。 あと2日生きていさえすれば少年兵の20人全員が救出された筈です。 救出されれば20人のそれぞれが、それぞれの明治時代を生きた筈です。

 でも、救出された少年兵は歴史の舞台から抹消され、飯盛山で自決した“忠義者”は19人となり、飯盛山山頂の石碑には名前も刻まれていません。・・・・・そんなのおかしいよ!と思ったから、19人の石碑の脇に抹消された少年兵の名前を書いたお塔婆を建に行こうと思っています。 だって歴史の証人で、彼が生き残ったからこそ白虎隊の真実が解ったのですから。

 私の考えに賛同する方。 ご一緒しませんか?